宮崎産業海運株式会社

沿革

 

大正13年2月 創立者 故宮﨑 昇が個人企業として津久見産石灰石、苦土石灰石の採掘業務を始め、日本製鐵株式会社等に販売、輸送を行う。
昭和9年7月 機帆船 第1宮島丸・第2宮島丸を建造して海運業を併業する。
日本製鐵株式会社及び関西地区製鉄所に石灰石の販売、輸送を行う。
昭和15年2月 個人企業を株式会社組織に改組、宮崎産業株式会社とし資本金19万5千円で発足。
昭和26年10月 北九州地区の営業活動拠点として若松及び八幡に出張所を開設。
昭和26年12月 東京都 宝永汽船株式会社より汽船5隻を買船、機帆船と共に鋼船の運航をも開始し、石灰石、鋼材、石灰の輸送に従事する。
昭和32年3月 鋼船 宮照丸(D/W850)を建造、引き続き船腹の増強を計る為、昭和34年には、鋼材専用船 宮桐丸(D/W2,850)、昭和39年には宮竜丸(D/W3,240)を建造、その後も遂次、宮松丸(D/W1,797)宮姫丸(D/W2,121),宮桜丸(D/W950)と、荷主の要望により適船を建造、内航輸送の基盤を築く。
昭和40年2月 社名 宮崎産業株式会社を宮崎産業海運株式会社に改名する。
昭和41年6月 船舶整備公団の共有船 宮産丸(D/W3,236)を建造、外航(中国航路)へも進出、石炭・穀物及び雑貨等の輸送に就航する。
昭和42年3月 東京船舶株式会社のインドネシア、マレーシア、その他東南アジア地区よりラワン材輸入船として、専用船 宮豊丸(D/W6,420)を建造 、本格的に外航分野に進出する 。
昭和43年4月 昭和24年10月以降11回目の増資を計り 、資本金1億5千万円となる 。
昭和45年5月 日本郵船株式会社の東南アジア 、インド及びパキスタン定期航路として
定期船 宮鶴丸(D/W9,219)を建造 、就航する 。
昭和46年9月 新日本製鐵(株)大分製鐵所を始め大分地区の取引先サービスの拠点として大分営業所を開設する。
昭和46年10月 めなど丸(D/W6,031),翌年3月 まるく丸(D/W6,541)をそれぞれ建造、東京船舶株式会社へ貸渡しインドネシア定期船として就航する。
昭和49年2月 船舶整備公団共有船 同栄丸(D/W3,285)を買船、船腹の増強を計る。
昭和51年3月 新日本製鐵株式会社八幡製鐵所向けの石灰石専用船として超近代化船SELF UNLOADER 宮幡丸(D/W6,574)を建造、合理的配船を図り、業績向上に努める。
昭和54年2月 ぱんじゃん丸(D/W8,574)を東京船舶株式会社より買船、同社へ定傭、インドネシア航路へ就航させる。

昭和54年9月

同栄丸をSELF UNLOADER船へ改造。 宮桐丸と改名後、旭硝子(牧山)向け石灰石専用船として就航する。

昭和55年7月 ROLL ON ROLL OFF船 ほくと(D/W4,636)を建造、近海郵船株式会社へ貸渡し、大阪/苫小牧の定期航路に就航する。
昭和56年11月 宮幸丸(D/W2,050)を建造、内航船として石灰石、石炭等の輸送に就航する。
昭和56年12月 みやとよ(D/W6,487)を建造、東京船舶株式会社へ定期傭船、近海船としてインドネシア航路に就航する。
昭和57年1月 東京船舶株式会社よりブルーマース(D/W10,230)を裸傭船し、同社へ定期傭船、東南アジア、豪州航路へ就航する。
昭和61年4月 取引先への一層のサービス向上と業務拡大を意図して、東京営業所を開設する。
昭和62年8月 佐伯市 田邉汽船株式会社を買収、同社が建造中の第1高千穂丸(D/W1,154)を用船、石灰石・バラス専用船として就航する。
昭和63年2月 宮珠丸(D/W1,600、運輸施設整備事業団との共有)を建造、仙崎/牧山等の航路に就航する。
昭和63年9月 第23新居浜丸(D/W1,574)を買船、コークス・石灰石輸送に就航する。
平成元年4月 大東丸(D/W598)を買船、船名を大宮丸に改名、京浜/阪神間のコンテナ輸送に就航する。
平成3年2月 新日本製鐵株式会社の原燃料及び副原料を主輸送目的として宮瀬戸丸 (D/W2,034)を建造、主として大分/広畑他、西日本地区を主航路とし就航する。
平成3年12月 トヨタ自動車の完成車の輸送を目的として、自動車専用運搬船 豊昇丸(D/W4,935・完成車800台積・トヨフジ海運(株)との共有)を建造、トヨフジ海運株式会社へ貸渡し、名古屋/九州・関東・東北方面へ就航する。
平成8年1月 新日本製鐵株式会社 八幡製鐵所向けの石灰石専用船 SELF UNLOADER 宮幡丸 (D/W5,120、運輸施設整備事業団との共有)を代替建造、就航する。
平成9年2月 ROLL ON ROLL OFF船“ほくと”(D/W 9,050 シャーシー120台積、運輸施設整備事業団、近海郵船(株)、(株)八潮海陸との共有)をリプレース建造、近海郵船株式会社へ貸渡し泉大津/苫小牧の定期航路に就航する。
平成11年2月 北九州営業所を現在の住所へ移転する。
平成14年12月 子会社 田邉汽船株式会社が、トヨフジ海運株式会社より自動車運搬船 新宝丸(3,294G/T)を裸用船のうえ、同社へ定期貸しする。
平成15年10月 社内機構変更。部課制を廃止し、グループ制を導入。
平成15年12月 「国際航海に従事しない船舶又は総トン数500トン未満の船舶の安全管理システム規則」(任意ISM)の規定に基づく「適合認定書」を取得した。
平成17年3月 第1回大分銀行保証付私募債100百万円を発行した。
平成18年3月 第2回商工中金保証付私募債100百万円を発行した。
平成18年9月 トヨフジ海運㈱との共有船「豊昇丸」(G/T12,692トン、D/W5,490トン)竣工。
平成22年3月

創立70周年記念事業の一環として、津久見市民会館において創立70周年記念式典を開催。

平成23年12月 宮﨑昭三が代表取締役会長、宮﨑昇一郎が代表取締役社長にそれぞれ就任する。
平成23年12月 創立70周年記念事業の一環として、『写真で見る70年の航跡』を発行。
平成25年4月 子会社の東豊汽船株式会社と田邉汽船株式会社を合併して産翔船舶株式会社を設立。
平成27年9月 近海郵船(株)との共有船「ほくと」(G/T11,193トン、D/W6,300トン)竣工。
平成28年8月 当社の株式を、10株につき7株へ併合する。
平成28年9月 当社の資本金の額を、62,500,000円減少して、87,500,000円とする。

 

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