宮崎産業海運株式会社

社長あいさつ

「適貨・適船」主義をモットーに「我々の船は我々で守ろう」をスローガンとし、
常にお客様へのサービス向上、地球環境の保護を目標に掲げ努力しております。

平成27年2月28日 当社は創立75周年を迎えました。創業者 宮﨑 昇(旧姓 梅崎)が、津久見市の宮﨑家に居を構えましたのは、大正13年でございます。

 

下関市出身の宮﨑 昇は、家業であった鉱山業を生業としていたため、その時の経験と取引を基盤に、潤沢な津久見産の石灰石・珪石・マンガン鉱等を北九州・阪神地区の製鉄業者及び商社へ販売納入しておりました。当時、鉱石を運搬する船舶の調達に困窮したため自社で機帆船を建造、昭和9年頃から海運業をも併業しました。

昭和15年2月28日 宮崎産業株式会社設立、その後、戦中・戦後に受けた壊滅的な船隊の整備の構築に向けて昭和30年代に入り、小型鋼船を次々と建造するうち、鉱山業より海運業の方が主体となったため、昭和40年2月社名を宮崎産業海運株式会社へ変更しました。以後、海運業の拡大を進めて行きました。

 

創業以来、幾多の艱難辛苦につきましては、先代より聞き及んでおりますところでございますが、平成23年12月に現会長、宮﨑 昭三よりバトンを受け取り、以降におきましても決して平坦な道のりではありませんでした。

 

今年、創業75周年を迎えることができましたことは、偏に先人たちを始め社員皆様方のたゆまぬ努力にも増して、お取引先各位の永年に亘るご支援・ご協力、さらには関係官庁・団体の方々によるご指導の賜物と深謝申し上げる次第でございます。

 

21世紀はまだ緒に就いたばかりですが、「人と船と貨物の安全」及び「地球環境保護」を経営の基本方針に掲げ、次なる80周年、100周年に向け全社一丸となって邁進する所存です。

 

最後になりましたが、今後皆様方のご健勝とご活躍を祈念致しまして、私の御挨拶とさせていただきます。